産業医の選び方・使い方
私が産業医として、3つだけ守っていること
結論からお伝えします。私が産業医の仕事で守っているのは、3つだけです。答えを1つに絞らないこと。相手を突き放さないこと。ご本人に現在地をお伝えすること。知識や技術というより、姿勢の話です。
この記事は、産業医を選ぶ立場・使う立場にある人事のご担当者と、これから産業医と付き合っていく経営者の方に向けて書いています。
1.「Aです」とは、あまり申し上げません
産業医として意見を求められたとき、私は「Aです」と言い切ることが、あまりありません。多くの場合、「AとBがあります。それぞれ、こういうリスクがあります」とお伝えします。
たとえば、休職の診断書が出ているのに、ご本人は働き続けたいと言っている場面。
休ませれば、本人の意に反した休職だとして、後から争いになる可能性があります。休ませなければ、何かあったときに会社が安全配慮義務を問われます。どちらを選んでも、リスクがあります。
これは、判断から逃げているのではありません。理由が2つあります。
ひとつは、最終的に決めるのは会社だからです。産業医は意見を述べる立場であって、決定する立場ではありません。選択肢を1つしか渡さなければ、会社は選ぶことができません。
もうひとつは、選ばなかった側のリスクを、会社が知っておく必要があるからです。後から問題が起きたとき、最も大きなトラブルになるのは「そんな話は聞いていない」という一言です。
ただし、「どちらでもいいです」とは申し上げません。必ず「私としてはAをお勧めします。理由は〜」と付けます。選択肢を並べて終わるのは、専門家の仕事ではないと考えています。
道を尋ねられたときに似ているかもしれません。1本しか教えないと、その道が通れなかったときに、その人は動けなくなります。2本お伝えして、どちらが早いかも申し上げる。決めるのはご本人です。
2. 相手を突き放さない
2つ目は、言い方の話です。一般的な話に聞こえるかもしれませんが、私はこれを自分の哲学だと思っています。
産業医の返事は、しばしばこういう形になります。「それはできません」「会社のご判断です」「社労士の先生にご確認ください」。
内容としては、どれも正しいのです。けれど、これだけを返されたら、受け取った方はどう感じるでしょうか。
突き放されたと感じます。そして、次から相談が来なくなります。
私が気をつけているのは、3つです。
- 受け止めを先に置く。「これは難しいですよね」の一文を、判断を述べる前に、独立して置きます
- お断りするときも、必ず何かをお渡しする。「社労士の先生の領域です」で終わらせず、確認していただきたい論点を添えます
- 返事を早くする。私は24時間以内にお返しすることにしています。内容が同じでも、3日後に届く正解は、その方の役には立ちません
なぜここにこだわるのか。相談が来なくなることが、いちばん危ないからです。
産業医の知らないところで話が進み、こじれてから相談が来る。そのときには、もう打てる手が少なくなっています。
「相談していいか迷った」その時点で投げていただけるかどうか。これは日々の返し方で決まると、私は思っています。
3. ご本人に、現在地をお伝えする
3つ目が、私が最も力を入れているところです。
メンタルの不調で苦しい時期にある方の多くは、自分が今どのあたりにいるのかが分からないまま過ごしておられます。
良くなっているのか、悪くなっているのか。あとどれくらいかかるのか。この見通しのなさが、不安をさらに強くします。
だから私は、面談で必ず現在地をお伝えします。
不調は、ある日突然おかしくなるわけではありません。段階を追って進みます。私が見ているのは、次の順番です。
- 第1段階体に、その人なりのサインが出る
- 第2段階眠れなくなる
- 第3段階食欲が落ちる
第1段階は、気持ちではなく体に出ます。動悸、めまい、耳鳴り、頭痛。あるいは、寝過ぎてしまう、食べ過ぎてしまう。どれが出るかは人によって違い、同じ方でも時期によって変わります。
ここでご注意いただきたいのは、最初は「増える方向」に出ることがあるという点です。眠れないのではなく寝過ぎる、食べられないのではなく食べ過ぎる。そのため、ご本人も周りも「疲れているだけ」と受け取りやすい段階です。それが後になって、眠れない・食べられないという逆向きに変わっていきます。
この順番を知っていただくと、何が変わるか。
体のサインや眠りの変化が、ご自身の状態を測る目盛りになります。気合いや性格の問題ではなく、段階が一つ進んだサインとして見られるようになる。ご本人が、自分を責めなくなります。
正直に申し上げると、この部分を言葉にしている医師は、あまり多くありません。診断や治療は語られても、「あなたは今どこにいるのか」は語られにくいのです。私は、ここを産業医の役割のひとつだと考えています。
ただし、人事や上司の方が「判定」する必要はありません
この段階の話をすると、「では上司がチェックすればよいのか」と聞かれることがあります。そうではありません。
眠れているかどうかを尋ねるのは、会話であって、診断ではありません。気になる答えが返ってきたら、そこから先は私たち専門家にお渡しください。そして、ご本人が話したがらないときは、深追いなさらないでください。
産業医を選ぶときに、見ていただきたいこと
最後に、産業医をお選びになる立場の方へ、ひとつだけ申し上げます。
知識や資格の一覧だけで選ばないでいただきたいのです。
産業医の差が出るのは、判断そのものよりも、その判断をどう伝えるかだと私は考えています。同じ「復職はまだ早い」でも、伝え方ひとつで、ご本人が納得して治療に戻れるか、会社への不信だけが残るかが変わります。
ですから、経歴や面談の回数よりも、一度ご相談いただいたときに、どんな返り方をするかを見ていただくのがよいかなと思います。
- 突き放されなかったか
- 選択肢を示してくれたか
- 返事は早かったか
この3つが揃っていれば、たいていの場面で、会社と従業員をすれ違わせずに済みます。
本記事の内容は一般的な情報提供であり、個々の状況に応じた対応は主治医・産業医等の専門家にご相談ください。症状や経過には個人差があります。
よくあるご質問
産業医はどのように選べばよいですか?
経歴や面談の回数だけでなく、一度相談したときにどんな返り方をするかを見ることをお勧めします。突き放されなかったか、選択肢を示してくれたか、返事は早かったか。この3つが揃っていれば、多くの場面で会社と従業員をすれ違わせずに済みます。
メンタルの不調は、どんな順番で進みますか?
私が見ているのは、第1段階として動悸・めまい・耳鳴り・頭痛、あるいは寝過ぎ・食べ過ぎといった体のサイン、第2段階として眠れなくなること、第3段階として食欲が落ちること、という順番です。出方には個人差があります。
上司や人事が、部下の不調を判定してもよいのでしょうか?
判定する必要はありません。眠れているかを尋ねるのは会話であって、診断ではありません。気になる答えが返ってきたら、そこから先は産業医などの専門家にお渡しください。本人が話したがらないときは、深追いしないことも大切です。
